見る、見られる

窓の外

私が執筆している部屋には大きな窓があります。

 

そこから見えるのは、住んでいる街。

 

一望できる眺めは気持ち良く、空をいく雲もまじかにみることができます。

 

また、夜景となれば素晴らしく、星の絨毯を敷き詰めたような美しさがあります。そんな窓の景色にまつわる不思議な話を一つ。

街は夜行性

夜。

 

星の海のような町並みを眼下に私は執筆を続けていました。

 

時折そばに置いてあるホットティに手を伸ばす以外は、手も話さず顔もあげず。

 

焦るもののピッチは上がらず、時刻は順調に午前3時を回ります。

 

そんなとき。

 

ふと誰かに見られているような気がして顔をあげました。

 

目の前には黒々とした町並みが広がるばかりです。

 

もちろん窓の上の方も、机の下にも、何も怪しいものはありません。

 

気のせいか、そんな風に思って画面に目を戻そうとしたときです。

 

目の端を光がよぎります。

 

ハッとして目をあげれば、そこは変わらぬ夜景。

 

大方虫でも飛んでいたのだろうと気を取り直して、執筆に向かいました。

 

結局、原稿が完成したのは午前5時ごろ。

 

その間にもなんどか見られている、という感覚になったのですが、時折目をあげても何も怪しいものはなく、いつもの光景が広がっているだけでした。

違和感

違和感に気付いたのは、その翌日です。

 

原稿を出し終えて、ふっと気の抜けた時間帯でした。

 

同じように窓から外をみるでもなく眺めていました。

 

夕闇迫り、ぽつぽつと家の灯がともり始めるそんな時間帯。

 

ちょうど正面にある、マンション群の電灯が、いっせいについた瞬間。

 

私の背中をすっと何かが撫ぜました。そう、あの夜。

 

最初に目をあげたときに何故気付かなかったのか。

 

私は街が瞬きする瞬間を見ていたのだ、と。

 

本来なら、星の海のような夜景が広がっているはずの窓の外は、そのとき真っ黒な闇に覆われていました。

 

町中の電気がいっせいに止まったとしても、あそこまで真っ暗になる瞬間はないでしょう。

 

見るということは、見られるということでもあります。

 

そして、認識するということは対象に認識されるということでも。

 

来る日も来る日も、窓から町を眺め続ける私に、町も気付いたのでしょうか。

 

そしてウィンクを送ってみせた。後にも先にも、そんな経験はあの夜だけでした。

 

それでも、私はときおり、じっと見守る視線を感じます。

 

それは、個という小さなものではなく、もっと大きな、町に住む人々の集合無意識か何かだと、そんなふうに思うようにしているのです。